開業時40本、2022年に80本、2024年に30本。神楽坂の14席で、取扱銘柄をこれだけ動かしてきた店主がいる。増やすほど客が減り、絞ったら戻った。「一杯目しか考えていない」という設計の中身と、63回続けてきた蔵元の会でいちばん酒が売れる回の話を聞いた。
取材前に調べたこと
お店の公開情報と、月一の会の告知をさかのぼって把握したうえで伺いました。
- 2018年
- 神楽坂に14席で開業。当初の取扱銘柄は約40
- 2019年
- 蔵元を招く月一の会を開始(以後、通算60回超)
- 2020–21年
- コロナ。テイクアウトと角打ちで営業を継続
- 2022年
- 取扱銘柄を約80まで拡大
- 2023年
- 客単価は上がったが、客数が前年比で約2割減
- 2024年
- 取扱銘柄を30に削減。翌年、客数が回復
この記事の要点
- 開業40本→2022年に80本→2024年に30本。増やした2年で客数が2割落ちた
- 絞るときに捨てたのは「置いていて気持ちよかった酒」。抜いても誰にも何も言われなかった
- 一杯目に出せるのは30本のうち6本だけ。しかも全部、値段の安いもの
- 見ている数字は客単価ではなく、初来店の方が二度目に来る率(2割→4割超)
- 月一の蔵元の会は63回。いちばん酒が売れるのは、蔵元が失敗の話をした回
14席の店で、何を売っているのか
- まず、お店のことから教えてください。
- 神楽坂で「継(けい)」という日本酒バーを、2018年からやっています。高橋健一といいます。カウンターだけの14席で、スタッフは僕を入れて3人。うち社員は1人です。
- 客層はどういう方が多いですか。
- 意外に思われるんですが、日本酒に詳しくない方が半分以上です。近所の会社帰りの方と、あとは「日本酒はあまり得意じゃないけど連れてこられた」という方。
詳しい方ももちろん来てくださるんですけど、その方たちは月に一度くらいなんですよ。毎週来てくれるのは、実は詳しくないほうの人たちです。 - フードはどうされているんですか。
- 7品しかありません。これも減らしました。開業時は20品くらいあったんですけど、いまは7品です。
うちに来る理由が「料理」になってしまうと、酒の話ができなくなるので。
八十本まで増やした、2年間
- 開業からの数年で、いちばん大きく変えたことは何ですか。
- 置く銘柄を、八十本から三十本に減らしました。2024年です。
- その前は、増やしていたんですよね。
- 増やしていました。開業時は40本くらいだったのを、2022年に80まで増やしています。
- 増やしていた時期は、何を狙っていたんですか。
- 正直に言うと、負けたくなかったんだと思います。
神楽坂には日本酒の店が何軒もあって、「うちは常時100種類」みたいなところもある。そこに40本で並んでいるのが、なんとなく格好悪かったんです。
あと、詳しいお客さんに「あれ置いてないの」と言われるのが嫌だった。言われるたびに一本増やしていって、気づいたら80になっていました。 - 売れ行きはどうだったんですか。
- 客単価は上がりました。それは事実です。詳しい方が来ると、いろいろ飲んでくださるので。
ただ、2023年に客数が2割落ちました。
増やすほど、客が減った
- 増やすほど減った、というのは。
- 八十本あると、メニューが冊子みたいになるんですよ。
それを渡された瞬間に、日本酒に詳しくない人は「あ、これは自分の店じゃないな」という顔をする。あの顔を、たぶん何百回も見ました。見ていたのに、しばらく意味が分かっていませんでした。 - いつ気づいたんですか。
- 常連さんに言われて、です。
週に一度来てくださっていた方が、二か月くらい来なくなって。たまたま近所で会ったときに「最近どうですか」と聞いたら、「なんか、行きづらくなっちゃって」と言われました。
理由を聞いたら、「前は高橋さんが決めてくれたけど、いまは選ばされる感じがする」と。 - それは、こたえますね。
- こたえました。しかも、その方は文句を言いに来たわけじゃないんですよ。ばったり会って、正直に言ってくれただけで。
あのとき聞かなかったら、たぶんまだ80本のままやっていたと思います。
「日本酒が嫌いな人って、たぶん一杯目で失敗しているだけなんですよ。だからうちは、一杯目しか考えていない」
高橋 健一さん三十本に絞るとき、何を捨てたか
- 三十本は、どういう基準で選んだんですか。
- 「一杯目に出せるか」と「その次にどこへ行けるか」の二つだけです。
- 捨てたのは、どういうお酒でしたか。
- いちばん多かったのは、僕が置いていて気持ちよかった酒です。
手に入りにくいものとか、話題のものとか。置いていると「あの店にはある」と言ってもらえる。でも、実際にはほとんど動いていなかった。年に数本しか出ないものが、20本くらいありました。 - 断腸の思いだったのでは。
- それが、意外とそうでもなかったんです。
抜いてみたら、誰にも何も言われませんでした。それがいちばんこたえました(笑)。あれは、お客さんのためではなくて、僕の見栄のために置いていたんだなと。 - 蔵元さんとの関係はどうされたんですか。
- 全部、直接ご説明に行きました。手紙で済ませたくなかったので。
「うちの店では動かせていないので、いったん外します」と。何軒かは「またやりましょう」と言ってくださって、実際に月一の会で来ていただいています。棚から外すことと、関係を切ることは別なので。
一杯目だけを設計する
- 一杯目は、どう決めているんですか。
- 条件は三つです。冷たくて、香りが立ちすぎなくて、後味が短いもの。
これが意外と少ないんですよ。うちの三十本のうち、一杯目に出せるのは6本くらいです。 - 残りの24本は。
- 二杯目以降の道です。
一杯目で「あ、いけるかも」と思った人が、次にどこへ行けるか。その道を24本で用意している、という感覚です。香りのほうへ行く道、味の濃いほうへ行く道、燗のほうへ行く道。だいたい3方向あれば足ります。 - その6本は、固定ですか。
- 季節で入れ替えますが、考え方は固定です。
あと、この6本には共通点があって、全部安いんです。一杯目に高い酒を出す店がありますけど、僕は逆だと思っていて。初めての人にとって、一杯目は「失敗するかもしれない一杯」なので。そこが高いと、賭けになってしまう。
最初は、何も聞かない
- お客さんへの説明は、どうされていますか。
- 説明はしないです。最初は、何も聞きません。「今日は何を飲まれますか」も聞かない。
座って、少し話して、こちらで決めて出します。 - 好みも聞かないんですか。
- 聞かないです。というより、初めての方は自分の好みを知らないので。
「すっきりしたのが好きです」と言う方に、本当にすっきりしたものを出すと、だいたい物足りない顔をされます。その言葉は、たぶん過去に飲んだ何かの記憶で言っているだけなので。 - じゃあ、何を見て決めるんですか。
- 座り方と、何を頼まないか、です。
メニューを開かない人には、開かなくていいものを出す。逆に、隅から隅まで読む人には、読んだ甲斐があるものを出したほうがいい。
あと、この人は今日しゃべりたいのか、静かに飲みたいのか。それで、後味の長さを変えます。しゃべりたい人に、余韻の長い酒は邪魔なので。 - 銘柄は先に言うんですか。
- 言いません。飲み終わってから、瓶を見せます。
先に名前を言うと、名前の味がするので。これは僕が言い出したことではなくて、昔、富山の店で大将に言われた言葉です。
取材メモ
取材中、実際に一杯目を出していただいた。銘柄は最後まで教えてもらえず、飲み終わってから瓶を見せられた。値段を聞くと、グラスで650円だった。
「これが一杯目なんですか」と聞くと、「一杯目に3,000円のを出す店は、たぶん二杯目のことを考えていないです」と返ってきた。
なぜ、日本酒なのか
- サケナリでは、全員に同じことを聞いています。なぜ、日本酒なんですか。
- 間が持つからです。
- 間、ですか。
- 日本酒って、一杯が小さいじゃないですか。すぐなくなる。そうすると、会話が途切れたところで自然に次が来る。ビールやハイボールだと、そうはならないんです。一杯が長いので、沈黙がそのまま沈黙になる。
うちみたいなカウンターの店だと、そこがすごく大きくて。初めて来た人でも、三杯目くらいには何かしゃべってくれる。 - 器が小さいから、というのが理由なんですね。
- 身も蓋もないんですけど、そうです(笑)。
器が小さいというだけの理由で人がしゃべりだすのが、面白いなとずっと思っています。日本酒の文化がどうとか、そういう話ではなくて。 - 味の話ではないんですね。
- 味は、あとから好きになりました。順番としては、場のほうが先です。
僕はもともと居酒屋にいて、そのときは日本酒に興味がなかった。独立するときに「カウンターだけの狭い店をやりたい」というのが先にあって、その店にいちばん合うのが日本酒だった、という順番です。
「日本酒の良さを知ってもらいたい」への違和感
- 同業の方が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか。
- 「日本酒の良さを、もっと知ってもらいたい」という言い方です。
- それは、どういう。
- 知ってもらう、って、こちらが上にいる言い方なんですよね。教える側と教わる側になってしまう。
そうすると、来た人は「勉強しに来たわけじゃないんだけどな」となる。実際、うちが80本あった時期にやっていたのは、まさにそれでした。 - では、仕事は何だと思われていますか。
- また来てもらうことです。それだけです。
名前も産地も覚えて帰らなくていいんです。「なんか良かった」で十分で、そこから先は本人が勝手に興味を持つので。
実際、うちで日本酒を好きになった人が、いまは僕より詳しくなっていたりします。教えていないのに。 - それでも、業界には貢献したいと。
- 入り口の数を増やすことが、たぶんいちばん効きます。
うちの店で、年間で50人でも日本酒を「嫌いじゃない」に変えられたら、10年で500人になる。それ以上のことはできないですし、それで十分だと思っています。
蔵の方が「うちの酒を置いてほしい」と言ってくださるとき、僕がお答えしているのは「置くかどうかより、うちに来る人が日本酒を続けてくれるかどうかで考えさせてください」ということです。
月一の蔵元の会を、60回続けて分かったこと
- 2019年から月一で蔵元さんを招く会をされていますね。60回を超えていると思うのですが。
- 先月で63回です。コロナのときも、オンラインで止めずにやりました。
- 60回やって、分かったことはありますか。
- お客さんが聞きたいのは、酒の話じゃないということです。
- と言いますと。
- 最初のころは、蔵元さんに酒の説明をしてもらっていたんです。精米歩合が、酵母が、という話を。誰も質問しないんですよ。みんな黙って聞いている。
あるとき、蔵元さんが雑談で「去年、タンクを一本失敗した」という話をしたら、急に質問が飛び交ったんです。「どうなるんですか」「捨てるんですか」って。 - 失敗の話のほうが聞きたかった。
- そうなんです。それ以来、蔵元さんには「うまくいかなかった話をしてください」とお願いするようにしています。
最初は嫌がられます。当然です。宣伝に来ているのに失敗の話をしろと言われるので。でも、終わったあとにいちばん酒が売れるのが、その回なんですよ。 - それは、なぜだと思いますか。
- 人の話になるからだと思います。
精米歩合の話は、酒の話です。失敗の話は、その人の話になる。人の話を聞いたあとに飲む酒は、味が変わります。本当に変わります。
数字の話:客単価より、二度目の来店
- いま、どの数字を見て判断していますか。
- 初めて来た方が、二度目に来てくださる率です。
- それは、どうやって数えているんですか。
- 手書きです。ノートに正の字で。
スタッフに「初めての方が来たら書いて」と言ってあって、次に来たときに横に印をつける。ちゃんとしたシステムではないので、たぶん取りこぼしています。 - 数字はどう動きましたか。
- 80本あった年は、感覚で2割くらいでした。いまは4割を超えています。
客単価は当時より1,000円くらい下がりました。でも、客数がその倍以上に戻ったので、店としては楽になっています。 - 客単価が下がることに、抵抗はありませんでしたか。
- ありました。飲食をやっていると、単価を上げろとしか言われないので。
ただ、単価が高い月って、常連さんが濃く来てくれているだけなんですよ。新しい人が入っていない。それは、数年後に効いてきます。実際、80本の時期に一度それをやって、客数で返ってきました。
コロナのとき、何をやめたか
- 2020年から2年、どう乗り切られたんですか。
- テイクアウトと、角打ちみたいな量り売りです。あとは月一の会をオンラインに移しました。
- やってみて、どうでしたか。
- テイクアウトは、正直よくなかったです。売上にはなったんですけど、うちの店の意味がなくなるので。
家で飲むなら、酒屋さんで買ったほうが安いんですよ。うちが出す意味がない。半年でやめました。 - オンラインの会はどうでしたか。
- これは意外と続きました。いまも、月一の会は現地とオンラインの両方でやっています。
遠方の方が参加できるようになったのと、蔵元さんが移動しなくてよくなったのが大きい。ただ、オンラインだけの回は、やっぱり質問が出ません。同じ空間にいないと、失敗の話は引き出せない。 - あの2年で、考えが変わったところはありますか。
- お客さんが来られない状態を経験して、「この店は何のためにあるのか」を初めて考えました。
それまでは、いい酒を出す店だと思っていたんです。でも、いい酒は他でも飲める。うちにしかないのは、あの14席の距離だけだった。
そのあと80本まで増やしてしまうので、僕はまだ分かっていなかったんですけど(笑)。三十本に絞ったのは、あの2年に考えたことに、4年かけてやっと戻ってきた感じです。
人を増やせない、いちばんの理由
- 人を増やす予定はありますか。
- 考えてはいます。ただ、一杯目を任せられる人がなかなかいなくて。
- 技術的に難しいということですか。
- いえ、たぶん僕の問題です。
いま社員が1人いて、彼はもう3年やっています。二杯目以降は完全に任せています。でも一杯目だけは、僕が出てしまう。
この前、彼に「僕が出したほうがいいと思っているうちは、いつまでも覚えられないですよ」と言われました。正論です。 - どうされるつもりですか。
- 今年は、週に一日だけ僕が店に立たない日をつくることにしました。まだ2回しかできていませんが。
その2回とも、彼のほうが二度目の来店率が良かったです。悔しいですけど、たぶんそれが答えです。
いま、いちばん手が回っていないこと
- いま、いちばん手が回っていないことは何ですか。
- 予約です。いまだに電話とDMで受けていて、僕のスマホの中にしか情報がありません。
- それは、けっこう危ういですね。
- 危ういです。僕が休んだ日に、店が予約を把握できていない。実際にダブルブッキングを2回やっています。
さっきの「週に一日立たない日」も、これが理由で増やせないんですよ。僕がいないと予約が分からないので。 - ほかにはありますか。
- 月一の会の告知が、Instagramのストーリーズだけなんです。24時間で消えるので、見逃した方から「今月やらないんですか」と言われることがしょっちゅうあって。
63回やっているのに、その記録がどこにも残っていません。どの蔵の方がいつ来てくださったか、僕の手帳を見ないと分からない。あれだけ良い話が出ているのに、その場にいた12人しか知らないんです。 - 記録に残したい、と。
- 残したいです。蔵元さんの失敗の話なんて、他では絶対に聞けないので。
ただ、録音していいのかとか、どこまで書いていいのかとか、そのへんも分かっていない。結局、何も残っていません。 - 手が回らない理由は、時間ですか。
- 時間もありますが、優先順位を自分でつけられていないんだと思います。
店を開けていれば売上は立つので、つい店に立ってしまう。予約も告知も、やらなくても今日は死なないんですよ。でも、3年後に効いてくるのはたぶんそっちです。
それが分かっていて、やれていない。それがいまの状態です。
「あれだけ良い話が出ているのに、その場にいた12人しか知らないんです」
高橋 健一さん編集後記
「一杯目しか考えていない」と言い切る店主が実際に出してきたのは、グラス650円の、驚くほど主張のない酒だった。うまく言えないが、飲んだあとに何も残らないことが、そのまま設計なのだと思う。
事前に把握していた「2022年に80本、2024年に30本」という数字の谷には、常連客がばったり会ったときに漏らした「行きづらくなっちゃって」という一言があった。増やした2年と、戻すのにかかった時間。数字だけを見ていたら、方針転換の記事になっていたと思う。
月一の会を63回続けて、いちばん売れるのが蔵元の失敗の話をした回だ、という話は、この日いちばん面白かった。そしてその63回が、どこにも記録されていない。予約が店主のスマホの中だけにあるのと、同じ構造の話だった。
今回お聞きした質問
事前にお送りしたのは基本の流れと固定の3問(太字)まで。それ以外はその場で伺っています。今回は全13問でした。
- お名前と、どういうお店をされているか教えてください
- 開業からの数年で、いちばん大きく変えたことは何ですか
- 銘柄を増やしていた時期は、何を狙っていたんですか
- 三十本に絞るとき、何を基準に選んだんですか
- 一杯目は、どう決めているんですか
- お客さんへの説明は、どうされていますか
- なぜ、日本酒なんですか
- 同業の人が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか
- 月一の蔵元の会を60回続けて、分かったことはありますか
- いま、どの数字を見て判断していますか
- コロナのときは、どう乗り切られたんですか
- 人を増やす予定はありますか
- いま、いちばん手が回っていないことは何ですか
質問リストを全部お渡しすると、答えが準備されて“よそゆき”になります。サケナリでは固定の3問までを事前にお伝えし、それ以外はその場で伺うようにしています。
