取材のあいだ、フォロワー数の話は一度も出てこなかった。「おいしい」と書くのをやめて数字が3か月落ち、そのあとから蔵元の側に呼ばれるようになったという。発信を仕事にした人が、何を書くのをやめ、代わりに何を一往復かけて確かめているのか。7年で2,000本を書いた人の、書き方の話。
取材前に調べたこと
公開されている投稿と、過去のタイアップ実績をさかのぼって把握したうえで伺いました。
- 2019年
- 「はなの酒帖」として活動開始。当初はXが中心
- 2021年
- 投稿の型が明確に変わっている。同時期にフォロワーの伸びが約3か月止まっている
- 2022年
- 唎酒師を取得
- 2023年
- 蔵元とのタイアップが本格化(月2〜3本ペース)
- 2024年
- 「いいね」より保存数が多い投稿が増えはじめる
- 現在
- Instagram 約4.2万フォロワー。依頼の6割前後を断っている
この記事の要点
- 3年目に「おいしい」と書くのをやめた。きっかけは蔵元の「うち何本売れたか分かります?」
- 書き方を変えて3か月、数字ははっきり落ちた。4か月目から蔵の側から声がかかりはじめた
- 投稿の前に必ず蔵へ「去年から変えたことはありますか」と一往復入れる
- 見ているのは、いいねではなく保存数。依頼の6割は断っている
- 7年・2,000本ぶんの取材メモが、本人のスマホの中にしか残っていない
「はなの酒帖」がやっていること
- まず、どういう活動をされているか教えてください。
- 「はなの酒帖」という名前で、7年ほどSNSで日本酒の紹介をしています。佐藤花子といいます。いまはInstagramが中心で、フォロワーは4万人ちょっとです。
- 収入としては、どういう構成になっていますか。
- 三つです。蔵元さんとのタイアップ企画、酒販店さん向けの商品撮影、それと唎酒師としてイベントで話す仕事。
比率でいうと、タイアップが5割、撮影が3割、イベントが2割くらいです。撮影の仕事は、投稿を見た酒屋さんから「うちの商品も撮ってほしい」と言われて始まったもので、最初から狙っていたわけではありません。 - 会社にはされていないんですか。
- 個人のままです。法人にしたほうがいい規模になってきているのは分かっているんですけど、そこまで手が回っていません。この話は最後にもう一度出てくると思います(笑)。
「おいしい」と書くのを、3年目でやめた
- 始めたころと、いまで、いちばん変えたことは何ですか。
- 「おいしい」と書くのを、3年目でやめました。
- それは、なぜ。
- 誰の役にも立っていなかったからです。
おいしいのは当たり前で、私が書かなくてもみんなそう思っている。数字は取れるんですよ、その書き方のほうが。写真がきれいで、短い言葉で、共感しやすい。伸びます。
でも、その投稿を見て酒屋さんに行った人が一人もいないんじゃないか、とある日思ってしまって。 - きっかけになる出来事があったんですか。
- ありました。ある蔵の限定酒を紹介して、そこそこ伸びたんです。1万近くいいねがついた。
で、一週間後にその蔵の方に会う機会があって、「おかげさまで」と言われるかなと思っていたら、「あれ、うち何本売れたか分かります?」と聞かれて。ゼロだったんです。一本も動いていない。
そのとき、私は「日本酒の投稿」を作っていたのであって、「その蔵の酒の投稿」は作っていなかったんだと気づきました。
「“好き”を、ひとりで終わらせたくなかった。誰かに渡さないと、好きって消えていくものだと思っていて」
佐藤 花子さん数字が落ちた、3か月
- 書き方を変えたあと、数字はどう動きましたか。
- 3か月、はっきり落ちました。伸びが止まったというより、下がりました。
いいねが3分の1くらいになって、フォロワーの増え方もほぼゼロになりました。あの3か月は、正直きつかったです。 - やめようとは思いませんでしたか。
- 毎日思っていました(笑)。戻せばいいだけなので。
ただ、戻したところで、また一本も売れない投稿を作るだけだなと思って。それなら落ちたままのほうがまだましだ、というくらいの気持ちでした。 - そのあと、何が起きたんですか。
- 4か月目くらいから、蔵元さんのほうから連絡が来るようになったんです。それまでは全部こちらから頭を下げてお願いしていたので、順番が完全にひっくり返りました。
- 連絡が来るようになったのは、なぜだと思いますか。
- 「この人は、うちの酒を雑に扱わない」と思ってもらえたからだと思います。
数字が落ちていた時期のほうが、蔵の人はよく見ていたんですよね。数字が大きいときは「よく分からないけど人気の人」で、落ちてからのほうが投稿の中身を読まれていた。それは意外でした。
投稿の前に、必ず蔵へ一度連絡する
- いまの投稿は、どういう手順でつくっているんですか。
- まず飲みます。それから、蔵に連絡します。投稿の前に必ず一往復入れる、というのが今のやり方です。
- 何を聞くんですか。
- 「この酒で、去年から変えたことはありますか」です。ほぼこれだけ。
何号酵母か、精米歩合はいくつか、というのは調べれば分かるので聞きません。私が書きたいのは、その蔵が実際にやった判断のほうなので。「今年から精米を自社に戻した」とか、「タンクを小さくした」とか。 - 答えてもらえるものですか。
- 最初は警戒されます。当然です。
でも、一度答えてくれた蔵は、次からすごく話してくれるようになります。たぶん、そんなことを聞いてくる人がほとんどいないんだと思います。 - 手間はかかりますよね。
- かかります。投稿一本に、飲む時間を除いて2日はかかっています。
ただ、その一往復があるかないかで、出来上がるものが全然違うんです。同じ写真、同じ酒でも、文章の一行目が変わる。
取材メモ
取材のあいだ、佐藤さんの口からフォロワー数の話は一度も出てこなかった。数字について聞いたのは取材者のほうで、返ってきたのは「落ちました」という事実だけだった。
手元のスマホには、蔵ごとのメモがアプリで整理されていた。「去年から変えたこと」の回答が、蔵名とともに数百件たまっているという。「これがいちばんの財産なんですけど、私しか見られないんですよね」。
受けた依頼より、断った依頼のほうが多い
- タイアップの依頼は、どう選んでいますか。
- 飲んで、自分が人に渡せると思ったものだけ受けています。断った数のほうが多いです。6割くらいはお断りしていると思います。
- 断る基準は、味ですか。
- 味だけではないです。「この酒を、誰に渡せばいいか」が浮かぶかどうかです。
おいしいけれど、誰の顔も浮かばないものがあるんですよ。そういうときは受けません。書けないので。 - 断るときは、正直に理由を言うんですか。
- 言います。最初のころは「スケジュールが」とごまかしていたんですけど、それをやると次も来るので、かえって失礼だなと思って。
いまは「私が書くと、この酒の良さが出せないと思います」と言っています。怒られたことは一度もないです。むしろ、そのあと別の商品で相談が来ることが多いです。 - 収入的には、痛くないですか。
- 痛いです(笑)。単純に6割断っているので。
ただ、ここを緩めた瞬間に、たぶん全部が終わります。「この人が紹介しているなら」で成り立っている仕事なので、一回でも「なんだ、金で書くのか」と思われたら戻せない。
なぜ、日本酒なのか
- サケナリでは、全員に同じことを聞いています。なぜ、日本酒なんですか。
- 飲めなかったからです、もともと。
- 飲めなかった。
- 社会人1年目の飲み会で出された日本酒が、本当に無理で。においも味もだめで、それ以来ずっと避けていました。5年くらい、まったく飲んでいません。
いまでも覚えているんですけど、そのとき出されたのは、たぶん常温で長く置いてあった安い酒だったんだと思います。でも当時の私には「日本酒」としか分からないので、日本酒が嫌いだ、という結論になる。 - そこから、どうして。
- 富山の店で、一杯出してもらったんです。それが全部です。
富山の、あの一杯
- その話を、もう少し詳しく教えてください。
- 27歳のとき、出張で富山に行って、一人で入った店でした。カウンターだけの、8席くらいの店です。
「何飲まれます」と聞かれて、「日本酒は苦手なので」と言ったんですよ。そうしたら大将が、何も言わずに一杯出してきた。 - 苦手だと言ったのに。
- そうです(笑)。いま思えば、すごいことをする人だなと。
それが、まったく別の飲みものだったんです。冷たくて、においがほとんどなくて、飲んだあとに何も残らない。「これ、日本酒ですか」と聞いたら「そうだよ」とだけ言われました。銘柄も教えてくれなかった。 - 教えてくれなかったんですか。
- 三杯目に、やっと教えてくれました。「先に名前を言うと、名前の味がするから」と。
あれは、いまも自分の投稿の考え方に影響しています。私が最初に情報を並べないのは、たぶんあの日のせいです。 - その体験が、発信につながったんですね。
- あのとき大将が一杯出してくれなかったら、私はいまも日本酒を飲んでいないわけですよね。あれって、ものすごく運が良かっただけなんです。
運がないと入り口に立てないのって、おかしいなと思って。だから私がやっているのは、あの一杯の代わりです。……そう言うと大げさですけど、本当にそれだけなんです。
「日本酒はもっと自由でいい」への違和感
- 同業の方が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか。
- 「日本酒はもっと自由でいい」という言い方が、少し引っかかっています。
- それは、どういう部分がでしょう。
- 言っていることは正しいんです。好きに飲めばいい。温度も、器も、合わせる料理も、決まりなんてない。私もそう思います。
ただ、あれはもう飲んでいる人に向けた言葉なんですよ。まだ飲んでいない人にとっては、自由って選択肢が多すぎるということなので、余計に選べなくなる。 - 入り口にいる人には、逆に効かない。
- 効かないです。私が最初に助かったのは「自由に選んでいいよ」ではなくて、大将が黙って一杯出してくれたことでした。
入り口にいる人には、まず選ばせないほうが親切なこともあると思っています。「自由でいい」は、そのあとの話で。 - その考えは、投稿にも出ていますか。
- 出ていると思います。私、投稿で複数の銘柄を並べないんですよ。一回に一本だけ。
「おすすめ5選」みたいなのは伸びるんですけど、5つ出された時点で、初めての人は選べなくなるので。
唎酒師を取ってから、逆に困ったこと
- 2022年に唎酒師を取られていますね。どういう理由からですか。
- 聞かれることに答えられなかったからです。
DMで「これ、燗にしても大丈夫ですか」とか「開けてどのくらい持ちますか」と聞かれるようになって。感覚では答えられるんですけど、それを人に言っていいのかが分からなかった。 - 取ってみて、どうでしたか。
- 答えられるようにはなりました。ただ、逆に困ったこともあって。
- といいますと。
- 言葉が硬くなったんです。
資格を取ると、香りの表現とか、分類の言い方とか、ちゃんとした語彙が入ってくる。それを使うと、正確なんですけど、伝わらない。「上立ち香が」とか書き始めた時期があって、いま読み返すと本当にひどいです。
半年くらいかけて、意識して元の言葉に戻しました。いまは、資格で覚えた言葉は、聞かれたときにしか使いません。
フォロワー数ではなく、保存数を見ている
- いま、どの数字を見て判断していますか。
- 保存数です。いいねは、ほとんど見ていません。
- それは、なぜ。
- 保存は「あとで使う」という意思なので。
いいねは、いい写真だな、で押せます。でも保存は、酒屋さんに行くときに見返そうとか、この蔵を覚えておこうとか、行動の前段階なんです。あの蔵の方に「何本売れたか分かります?」と聞かれてから、そこしか見なくなりました。 - 実際、保存数と売上は連動するものですか。
- 連動します。というより、蔵の方から「今回は動きました」と言ってもらえる投稿は、だいたい保存が多いです。いいねの数とは関係がないです。
去年から、いいねより保存のほうが多い投稿が出てきていて、私はそれをいちばんの成果だと思っています。誰も褒めてくれないんですけど(笑)。
蔵の人に言われて、いちばん刺さった一言
- 蔵の方から言われて、印象に残っている言葉はありますか。
- ひとつあります。ある蔵の、70代の会長さんに言われた言葉です。
- なんと言われたんですか。
- 「あんたが書かなくなったら、うちの酒はどうなるんだ」と。
褒め言葉のつもりで言われたんだと思うんですけど、私はけっこう怖くなりました。 - 怖い、というのは。
- 私ひとりに乗っかっている状態って、その蔵にとってすごく危ないじゃないですか。私が飽きたら終わりなので。
それを言われてから、自分の投稿を「私が紹介した」ではなくて「この蔵がこういうことをやっている」という形に、もっと寄せるようになりました。主語を自分から外す、というか。
私がいなくなっても、その情報は残ったほうがいい。……なんですけど、それがまさに残っていない、という話が最後の質問につながります。
ひとりでやることの限界
- 活動を大きくしていきたいですか。人を増やす予定はありますか。
- 増やしたいです。でも、できていません。
- 何が止めているんですか。
- 渡し方が分からないんです。
撮影は外注できるかなと思って一度試したんですけど、うまくいきませんでした。私が撮る写真は、たぶん上手ではないんですよ。プロの方に撮ってもらうと、きれいすぎて、私の投稿に見えなくなる。
じゃあ何が違うのかを説明できるかというと、できない。だから渡せない。 - 本数を減らす、という選択肢はありますか。
- ありません。減らすと、蔵に一往復入れる意味がなくなるので。
いま週2本のペースで、これがひとりの限界です。依頼は週に10件近く来るので、断る作業のほうに時間を使っている月もあります。
いま、いちばん手が回っていないこと
- いま、いちばん手が回っていないことは何ですか。
- 過去の投稿が、まったく資産になっていないことです。
- といいますと。
- 7年で2,000本くらい書いているんですけど、全部SNSの中に流れていってしまって、あとから探せないんです。
「新潟の、精米を自社に戻した蔵」ってどれだっけ、と自分でも探せない。フォロワーさんから「前に紹介していたあのお酒なんでしたっけ」と聞かれても、答えられないことがあって。 - 蔵ごとのメモは残っているんですよね。
- 私のスマホの中にだけあります。誰にも見せられない形で。
さっきの会長さんの話とつながるんですけど、私がいなくなったら、あの数百件のメモも全部消えるんです。蔵にとっては、自分たちが話したことなのに。 - 本当はどうしたいですか。
- サイトを持って、蔵ごとにまとめておきたいです。「この蔵は、この5年でこう変えてきた」というのが一枚で見られる形にしたい。
ずっと言っているんですけど、6年言い続けてまだできていません。 - ほかにはありますか。
- 撮影を全部ひとりでやっているので、そこが完全に詰まっています。あと、事務ですね。請求書を出し忘れて、半年後に気づいたことが2回あります(笑)。
法人化の話も、税理士さんに「そろそろ」と言われたまま2年経っています。
結局、書くこと以外が全部後回しになっているんです。それが7年分たまっている状態です。
「私がいなくなったら、あのメモも全部消えるんです。蔵にとっては、自分たちが話したことなのに」
佐藤 花子さん編集後記
「数字は取れるんですよ、その書き方のほうが」と言ったときの間が、いちばん印象に残っている。落ちると分かっていて書き方を変えた人の言葉だった。しかも実際に3か月落ちている。
事前に調べていた「2021年ごろに投稿の型が変わり、同時期に伸びが止まっている」という事実の裏側には、「何本売れたか分かります?」という蔵元の一言があった。数字の谷は、たいてい誰かの一言から始まっている。
7年分の投稿が検索できないという話は、発信を仕事にしている人からよく聞く。ただ今回は、それが本人の損ではなく「話してくれた蔵の側の損」として語られていたのが印象的だった。書いた量が資産にならないまま流れていくのは、紹介された側にとってももったいない。
今回お聞きした質問
事前にお送りしたのは基本の流れと固定の3問(太字)まで。それ以外はその場で伺っています。今回は全13問でした。
- お名前と、どういう活動をされているか教えてください
- 始めたころといまで、いちばん変えたことは何ですか
- 書き方を変えたあと、数字はどう動きましたか
- いまの投稿は、どういう手順でつくっているんですか
- タイアップの依頼は、どう選んでいますか
- なぜ、日本酒なんですか
- 日本酒を好きになったきっかけを、もう少し詳しく教えてください
- 同業の人が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか
- 唎酒師を取られたのは、どういう理由からですか
- いま、どの数字を見て判断していますか
- 蔵の方から言われて印象に残っている言葉はありますか
- 活動を大きくしていきたいですか。人を増やす予定はありますか
- いま、いちばん手が回っていないことは何ですか
質問リストを全部お渡しすると、答えが準備されて“よそゆき”になります。サケナリでは固定の3問までを事前にお伝えし、それ以外はその場で伺うようにしています。
