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酒蔵INTERVIEW 01

酒蔵を継ぐ、蔵元の想い

守りながら、次の百年を醸す。

酒蔵を継ぐ、蔵元の想い|老舗酒蔵・五代目蔵元 山本 誠一さん

老舗酒蔵・五代目蔵元・山本 誠一さん(山本酒造株式会社)。※ 掲載写真・人物・屋号はサンプル記事のための架空のものです。

「守ることと、変えないことは、まったく別の話なんです」。明治32年創業、新潟・南魚沼の山本酒造。廃業も選択肢に入っていた蔵を、出荷量が過去最低だった年に五代目として継いだ山本誠一さん。この12年で何を残し、何を入れ替えてきたのか。150項目の記録、4,200万円の精米機、19軒への断り——判断の一つひとつを、順を追って伺った。

取材前に調べたこと

公開されている資料と、過去の記事・受賞歴から事前に把握したうえで伺いました。

2014年
五代目就任。同じ年の出荷量は蔵史上最低の420石
2016年
製造工程を一度に4つ変更。この年の酒質評価が落ちている
2019年
20年続けた共同精米をやめ、精米機を自社に導入(設備投資 約4,200万円)
2021年
特約店を42軒から61軒に。県外比率が48%から67%へ
2023年
「継穂 生酛純米」が国際コンペで金賞
2024–25年
県外出身の20代を2名採用(いずれも通年雇用)

この記事の要点

  • 廃業も選択肢だった蔵を、出荷が過去最低(420石)の年に五代目として継いだ
  • 2016年に4工程を同時に変えて失敗。「原因が分からないことが、失敗より高くつく」
  • それ以来、工程の八割は前年どおりに固定し、二割だけを毎年入れ替えている
  • 2021年に特約店を19軒断り、「説明して売ってくれるか」だけで選び直した
  • 造りは12年で形になったが、伝えることは「項目が何個あるのかすら分からない」

800石の蔵で、いま何が起きているか

まず、どういう事業をされているか教えてください。
新潟の南魚沼で、明治32年から酒をつくっています。山本酒造の五代目で、山本誠一といいます。代表銘柄は「継穂(つぎほ)」。年間の製造量は800石ほどで、蔵人を入れて11人の蔵です。
流通は、地元の卸が3割、残りが全国61軒の特約店さんへの直卸です。あとは蔵元直売が少しと、輸出が1割弱。
800石というのは、業界のなかではどのくらいの規模になりますか。
全国に蔵が1,100くらいありますが、真ん中よりは少し下です。1,000石を切ると、業界の言い方では「小さい蔵」に入ります。
ただ、この規模がいちばん難しいと思っています。300石以下だと、家族だけでやって直売中心という形が成立する。5,000石を超えると、設備で効率が出せる。800石は、人を雇わないと回らないのに、設備投資の回収に十何年かかる規模なんです。いちばん中途半端なところにいます。
その「中途半端」を、どう扱ってこられたんですか。
量で勝負しないと決めるところから始めました。うちは仕込み水の量で製造量の上限が決まってしまうので、そもそも量では勝てない。だったら、800石を「どこに」「どういう説明つきで」届けるかのほうを設計するしかない。この12年でやってきたのは、ほとんどそれです。

継ぐつもりは、まったくなかった

五代目として継がれたのは、いつでしたか。
2014年です。12年前になります。
継ぐことは、以前から決めていたんですか。
まったく決めていませんでした。大学を出てから東京で7年、機械メーカーの営業をやっていました。工作機械の営業です。継ぐつもりはなかったし、親父からも一度も言われたことがなかった。
ある日いきなり「やめようと思う」と電話が来て、そこで初めて考えたんです。
電話は、どういう内容だったんですか。
15秒くらいでした。「来年で終いにしようと思う。お前には関係ない話だけど、一応言っておく」と。それだけ言って切られました。
「一応言っておく」というのが、いちばん効きましたね。関係ないと言われた瞬間に、関係あることに気づかされたので。あれは、たぶんわざとだったと思います。

「継ぎたかったわけじゃないんです。ただ、この蔵の水で仕込んだ酒を、自分以外の誰かがやめる決定をするのが、嫌だった」

山本 誠一さん
継がれた年、蔵の数字はどういう状態でしたか。
出荷が420石。うちの記録が残っているなかでは、いちばん低い年です。ピークが1,300石ほどあった蔵なので、3分の1を切っていました。借入も残っていて、正直、親父の判断のほうが経営的には正しかったと思います。
それでも継がれた。
腹が立つとか、悲しいとかではなかったんです。単純に「それは誰が決めるんだ」と思った。うちの水で、この蔵に住みついている菌でつくった酒が、この先もう二度と世の中に出ない。その決定が、僕のいないところで下される。それが嫌だっただけです。
だから、志が高くて帰ってきたわけではまったくないんですよ。よく「決断でしたね」と言われるんですけど、決断というより、単なる感情です。

最初の2年は、何も変えなかった

継いでから、まず何を変えましたか。
最初の2年は、何も変えていません。米を洗って、蒸して、麹をつくって、というのを丸二年やりました。
経営的には、待てる状況だったんですか。
待てなかったです。420石でしたから。
でも、口を出す資格がなかった。工作機械を売っていた人間が、いきなり「もっとこうしましょう」と言っても、誰も聞きません。というより、僕自身が何を言っていいか分からなかった。麹の出来がいいのか悪いのかすら、判断できないので。
周りからは、何か言われましたか。
銀行からは、はっきり言われました。「で、いつ変えるんですか」と。一年目の面談で。
そのとき「二年は変えません」と答えたら、絵に描いたような顔をされました(笑)。ただ、そこで見栄を張って「来期から新商品を」とか言っていたら、たぶん今は残っていないと思います。
その2年で、いちばん収穫だったことは何ですか。
蔵人がどこで手を抜けないと思っているか、が分かったことです。
マニュアルには載らないんですけど、洗米のときだけは全員が黙るとか、麹室に入る前に必ず一回外に出て息を整える人がいるとか。そういうのは、横で二年やらないと見えません。あとから工程を変えるときに、「ここは触ってはいけない」という判断が、あの二年で全部できるようになりました。

杜氏の頭の中を、紙に移す

2年経って、何から手をつけたんでしょう。
記録です。うちは杜氏の頭のなかにしか残っていない判断が多かったので、まずそれを全部、紙に書き出してもらいました。
具体的には、どんなことを書き出したんですか。
「この日の朝、なぜ櫂を入れたのか」を一つずつ聞いて、横に書いていく。それだけです。
温度が何度で、何日目で、泡の状態がこうで、だから入れた。あるいは、数字は同じでも今日は入れない。その「入れない」のほうが大事で、そっちを書き残すのに時間がかかりました。最終的に150項目くらいになって、半年かかりました。
杜氏さんは、嫌がりませんでしたか。
最初は嫌がりました。当然です。自分の仕事を疑われていると思いますから。
三か月目までは、聞いても「そういうもんだ」しか返ってこなかった。変わったのは、僕が書いた紙を見て、杜氏が自分で間違いを見つけたときです。「これ、去年と逆のこと言ってるな」と自分で気づいた。そこからは、向こうから話すようになりました。
疑うためではなかった、と。
まったく逆です。残すためです。
杜氏はいま68です。あと何年やってもらえるか分からない。その人が辞めた瞬間に蔵の8割が消えるという状態が、いちばん怖かった。技術の話ではなくて、事業の話としてまずかったんです。

取材メモ

山本さんは、この日「変えた工程」よりも「変えなかった工程」の話をずっと長くしていた。麹室の温度の上げ方、洗米の秒数、上槽のタイミング——変えなかった理由を一つずつ挙げていく口ぶりに、記録を取る目的が「守るため」であることがよく表れていた。

150項目の記録は、いまも紙のバインダーで蔵に置かれている。「データにすると、見なくなるので」とのこと。

八割は残す。二割だけ、毎年入れ替える

記録を取ったあと、それをどう使ったんですか。
「変えていい場所」を探すために使いました。
よく誤解されるんですが、数値化が目的ではないんです。全部の工程を毎年見直すなんて無理ですし、やったら酒が壊れます。八割は前年どおりに固定して、残りの二割だけ、根拠を持って入れ替える。それを12年続けています。
その「二割」という比率は、どうやって決まったんですか。
一度、三割やって失敗しているからです。2016年です。
何が起きたんですか。
その年、四つ同時に変えたんです。酵母を替えて、汲水歩合を動かして、上槽を一日早めて、瓶詰めのタイミングも変えた。結果、はっきり悪くなりました。
問題は、悪くなったことではなくて、どれが原因か最後まで分からなかったことです。翌年、一つずつ戻すのに丸二年かかりました。実質、三年分の仕込みを検証に使ったことになります。

「同時に変えると、失敗の理由が分からない。それが、失敗そのものよりずっと高くつくんです」

山本 誠一さん
いまは、変える項目をどう選んでいるんですか。
秋に、蔵人全員で紙を見ながら決めます。150項目のうち「今年触るのはこの3つ」と先に決めて、それ以外は絶対に触らない。
途中で「ここも変えたほうがいいのでは」という話は必ず出るんですけど、出たらメモして翌年に回します。その場でやらない。これだけは12年守っています。

この12年で入れ替えてきた「二割」

実際に変えたことを、いくつか教えてください。
大きいのは4つです。洗米の秒数を米の年ごとに変えるようにしたこと、麹室の温度の上げ方を二段から三段にしたこと、仕込みタンクを大きいものから小さいものに替えたこと。それと、2019年に精米を自社に戻したことです。
精米を自社に戻すのは、大きな投資ですよね。
4,200万かかりました。10年迷った金額です。
それまで20年、近隣の蔵と共同で精米していました。コストだけ見れば共同のほうが圧倒的に安い。設備も人も持たなくていいので。
それでも戻された決め手は。
止められないことです。
共同精米だと、その日にまとめて何トンも削るので、うちの米の状態に合わせて途中で止められない。米は年によって硬さが違うので、本当は「今年のこのロットは、ここで止めたい」という判断が要るんです。それができないまま20年やっていた。
戻した年に、麹の溶け方がはっきり変わりました。数字ではなくて、蔵人が「今年は楽だ」と言い出したので分かりました。
タンクを小さくしたのは、なぜですか。
失敗の単位を小さくするためです。
大きいタンク一本でやると、外したときの損失が大きすぎて、結局チャレンジできなくなる。小さくすると本数が増えて手間は上がるんですが、「今年はこの一本だけ違うことをやってみよう」ができる。二割を入れ替えるというやり方と、セットの判断です。

逆に、絶対に変えなかったもの

変えなかったものは何ですか。
仕込み水と、生酛の一部の銘柄と、麹蓋です。この3つは12年触っていません。
効率で言えば、麹蓋はやめたほうが早いのでは。
圧倒的に早いです。箱にすれば人が半分で済みます。
ただ、変えたときに何が変わるのか読めないものは、触らないと決めています。麹蓋をやめたら味がどう動くか、僕には予測がつかない。予測がつかないものを変えると、それはもう「入れ替え」ではなくて博打なので。
「守る」と「変えない」は違う、ということですね。
まったく別の話です。
変えないでいると、周りが変わるぶんだけ勝手にズレていきます。米の質も、水温も、飲まれ方も、10年前と同じではないので。同じ味を出し続けるためにこそ、毎年どこかを触らないといけない。「守る」というのは、そういう作業のことだと思っています。
何もしないことを「守っている」と言うのは、たぶん一番危ないです。

なぜ、日本酒なのか

サケナリでは、取材する方全員に同じことを聞いています。なぜ、日本酒なんですか。
……時間のかかり方が、他の商売と違うからだと思います。
といいますと。
営業をやっていたころは、今日動いたことの結果が今月出ていました。数字が出るのは気持ちよかったですよ。でも、自分がやったことしか結果に入っていない。
日本酒は、今年の米の出来と、去年の反省と、五年前に入れた設備の判断が、全部まとめて同じ一本に入ってきます。自分ひとりの手柄にならないんです。誰の判断で良くなったのか、正直わからないまま良くなることがある。それが性に合っていたんだと思います。
面倒な商売だとは思いませんか。
思いますよ(笑)。でも、面倒じゃないものを、僕はたぶん12年も続けられなかった。
東京にいたころのご自分に、いま何か言うとしたら。
……たぶん、何も言わないです。
あのとき「帰ってこい」と言われても、絶対に帰らなかったので。親父が「お前には関係ない」と言ったのは、それが分かっていたからだと思います。だから、言うとしたら親父のほうに、あの電話の言い方はうまかったですね、と。

「若い人が飲まなくなった」は、順番が逆

同業の方が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか。
「若い人が日本酒を飲まなくなった」という話ですね。あれは、順番が逆だと思っています。
どういうことでしょう。
飲まなくなったんじゃなくて、飲む場所がなくなったんです。
うちの地元でも、この20年で日本酒をきちんと置いていた店が半分以下になりました。最初の一杯を出してくれる人がいなくなれば、次の世代は入り口にすら立てない。それを「嗜好が変わった」で片づけるのは、つくり手側にとって都合が良すぎる説明だと思っています。

「消費者の嗜好が変わった、という言い方は、こちら側が何もしなくていい理由になってしまう」

山本 誠一さん
つくり手側にできることは、何かありますか。
一杯目を出してくれる店を増やすことです。それ以外にないと思っています。
広告を打つとか、若い人向けのラベルにするとか、そういう話ではなくて。誰かが最初の一杯を手渡してくれる場所が地域にいくつあるか。その数がそのまま、10年後の数字になります。
将来、業界がこうなってほしいという思いはありますか。
蔵の数が減るのは、たぶん止まりません。それは受け入れています。
ただ、減り方には二通りあって、「続けられなくて閉じる」のと「渡す相手がいなくて閉じる」のは違う。後者は、まだ手の打ちようがあると思っているんです。うちみたいな小さい蔵でも、外から人が入ってこられる形にしておく。そこはやりようがある。

特約店を42軒から61軒に「選び直した」

2021年に特約店を増やされていますね。
増やしたというより、選び直したというほうが正確です。42軒のうち19軒にお断りをして、新しく38軒とお付き合いを始めました。
お断りするのは、相当な決断だと思うのですが。
怖かったです。売上の3割が乗っていた先も含まれていたので。
基準は一つだけにしました。「うちの酒を、説明して売ってくれているかどうか」です。棚に置いて値段で回している先は、申し訳ないけれどお断りしました。
説明して売る、というのは。
お客さんに「これはどういう酒ですか」と聞かれたときに、その店の言葉で答えてくれるかどうかです。うちのパンフレットを読み上げるのではなくて。
実際に県外の店を50軒くらい回って、客のふりをして聞きました。半分以上は答えられなかった。うちが資料をまともに作っていないので、こちらの責任でもあるんですけど。
結果はどうでしたか。
翌年、出荷が2割戻りました。ただ、それより効いたのは、返品と値崩れがほぼゼロになったことです。
売上の数字より、こちらが疲れなくなった。断る前は、値段の話ばかりしていたので。

海外からの問い合わせが、去年から急に増えた

輸出は、いまどのくらいですか。
1割弱です。ただ、去年から問い合わせが急に増えました。月に2〜3件だったのが、10件を超える月が出てきています。
理由に心当たりはありますか。
それが、分かっていないんです。
2023年に金賞をいただいたので、それかとも思ったんですが、時期が1年ずれている。台湾と香港からの問い合わせが多いので、どこかで誰かが紹介してくれたんだろうと思っています。誰かは分かりません。
その問い合わせには、対応できていますか。
できていません。英語のページが一枚もないので。
正直に言うと、返事をしていないまま止まっているものが、いま7件あります。翻訳して返そうと思って、そのまま数か月経ってしまった。これがいちばん申し訳ないです。
先方からすれば、無視されたのと同じですから。

拡大と、採用のこと

事業としては、拡大したいですか。
石数は増やしません。増やせない、というのが正確です。うちの仕込み水の量で決まってしまうので。
だから伸ばすとしたら、同じ量をどこに届けるかのほうです。いまは9割が国内なので、そこの比率は変えたいと思っています。
採用の状況はいかがですか。
これはずっと課題です。冬だけ来てもらう季節雇用の形が、もう成り立たなくなっている。
昔は農閑期に来てもらえたんですが、いまは冬に空いている人がいません。通年で雇うなら、夏の仕事をこちらが用意しないといけない。いまは瓶詰めと出荷、それと蔵見学の受け入れでなんとか埋めていますが、正直、足りていません。
この2年で、県外から2名入られていますね。
2人とも20代です。面白いのは、2人とも「日本酒が好きだから」とは言わなかったことなんですよ。
何と言われたんですか。
「ものをつくる現場に入りたかった」と。1人は前職がアパレルの販売で、もう1人は建築の設計です。
最初は正直、続かないだろうと思いました。でも2人とも残っています。むしろ、日本酒が好きで来た人のほうが、思っていたのと違うと言って辞めることが多い。
入り口は「好き」でなくていいんだ、というのは、この2年でいちばん考えを変えられたところです。

いま、いちばん手が回っていないこと

最後に。いま、いちばん手が回っていないことは何ですか。
伝えることです。全部。
具体的には、どのあたりでしょう。
ホームページが10年前のままなんです。スマホで見ると文字が小さくて、僕自身が人に見せたくない。特約店さんに配る商品資料も、僕が夜中にWordでつくっている。ラベルの裏に書いてある説明文も、20年前の文面のままです。
さっきの英語ページの話もそうですし、蔵見学に来てくれた方に渡すものが何もない。せっかく来ていただいて、口で説明して終わりです。
手が回らない理由は、時間ですか。それとも。
両方ですね。時間もないですし、そもそも何から手をつければいいのかが分からない。
造りのことなら、どこを直せばどうなるか見当がつくんです。150項目のうちどれを触るか、という判断はできる。でも、伝えるほうは項目が何個あるのかすら分かっていない。
もし、人を一人雇えるとしたら、造りと伝えることのどちらに使いますか。
伝えるほうです。即答できます。
ただ、雇ったとして、その人に何をお願いすればいいのかが分からない。「うちのことを伝えてください」では、たぶん相手も困る。そこが止まっている理由です。
その状態を、どう思っていますか。
まずいと思っています。はっきり。
12年かけて、造りのほうは自分なりに形になってきたんです。八割を残して二割を入れ替えるやり方も、選び直した特約店さんとの関係も。でも、それが外から見えていない。
つくったものが届いていないというのは、つくっていないのと、結局同じことなので。

「つくったものが届いていないというのは、つくっていないのと、結局同じことなので」

山本 誠一さん

編集後記

取材の前半、山本さんは終始「うちは小さい蔵なので」と繰り返していた。だが、記録の話になった瞬間から言葉数が明らかに増えた。八割を残して二割を入れ替える、という比率が即答で出てきたことに、この12年の実際の重みがある。しかもその比率は、2016年に三割を触って失敗した経験から逆算された数字だった。

特約店を19軒断ったという話も、事前に調べていた「42軒→61軒」という数字の裏側だった。増えた数字だけを見ていたら、まったく違う記事になっていたと思う。

最後の「つくったものが届いていないというのは、つくっていないのと同じ」という一言は、この日いちばん静かに言われた言葉だった。造りの話をあれだけ具体的にできる人が、伝えることについてだけは「項目が何個あるのかすら分からない」と言う。その落差が、そのままこの業界の課題なのだろうと思う。

今回お聞きした質問

サケナリでは、事前に基本の流れと固定の3問(太字)だけをお送りし、深掘りはその場でお聞きしています。今回は全15問でした。

  1. お名前と、どういう事業をされているか教えてください
  2. 800石というのは、業界のなかではどのくらいの規模になりますか
  3. 五代目として継がれた経緯を教えてください
  4. 継いだ年、蔵の数字はどういう状態でしたか
  5. 継いでから最初の2年、何をされていましたか
  6. 記録を取り始めたのは、何のためだったんでしょう
  7. 八割を残して二割だけ変える、という比率はどう決まったんですか
  8. この12年で実際に入れ替えた「二割」を教えてください
  9. 逆に、絶対に変えなかったものは何ですか
  10. なぜ、日本酒なんですか
  11. 同業の人が言っていることで、実は自分は違うと思っていることはありますか
  12. 特約店を選び直したのは、どういう考えからですか
  13. 海外からの問い合わせについて、いまどう対応されていますか
  14. 事業として拡大したいですか。採用の状況はいかがですか
  15. いま、いちばん手が回っていないことは何ですか

質問リストを全部お渡しすると、答えが準備されて“よそゆき”になります。サケナリでは固定の3問までを事前にお伝えし、それ以外はその場で伺うようにしています。

「なぜ、日本酒なのか」を、聞かせてください。

サケナリでは、日本酒を軸に事業をされている方への取材を受け付けています。
質問は事前にお送りし、掲載前に必ず内容をご確認いただきます。

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